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山名酒造にかかせない
生産者を紹介します。

第15回
篠山手造り酒の会 

第14回
兵庫県立氷上特別支援学校

第13回
嶋本昭二さん
(粳米 ゆめおとめ)

第12回
株式会社 ウッドワーク

第11回
高橋輝宏さん
(株)タカハシ代表取締役
(洛紐巧芸)

第10回
荒木嘉信さん
(酒米 兵庫北錦)

第9回
橋本高穂さん
(酒米 野条穂−有機栽培−)

第8回
酒米試験地

第7回
古跡真一さん、清美さん
(酒米 山田錦−有機栽培−)
第6回
細見武憲さん
(酒米 兵庫北錦)
第5回
中六農園
(酒米 祝−いわい−) 第4回
荻野懿一さん
(酒米 杜氏の夢)
第3回
宮垣富男さん
(酒米 五百万石−有機栽培−)
第2回
藤田真一さん
(酒米 野条穂)
第1回
杜氏 中村 博さん
(酒米 五百万石)

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幼少の頃、酒造りの季節が近づくと、酒蔵の軒先に筵(むしろ)を引いて、その上であぐらをかいた男がバシャバシャと小気味のよい音をたてながら長く割いた竹を編んでいた。新しく編んだ竹のたがでゆるんだ木桶を締め直すのだ。「桶屋」と呼ばれるこの職人、昔はどの村にもいて身近な存在だった。ところが戦後桶は木からホーロー・ステンレス・合成樹脂等に変わり、いつのまにか桶屋は姿を消した。
大阪府堺市にこの木桶の文化を守る最後の砦がある。その名を(株)ウッドワーク、全国の酒屋・醤油屋・味噌屋・漬物屋・酢屋が、木桶をはじめとする木造の伝統的な醸造用品の製作や修繕を頼る。歴史的に見ると、背後に紀州の吉野の山がひかえ良質の吉野杉の調達が可能だったこと、刃物の名産地であったこと、灘・伏見の二大醸造現場への供給に有利な立地であったこと等から堺には優秀な桶職人を養成する環境が整っていた。初代・藤井清春が大通りの目口筋に店を構えてから百年近く経ち、当時堺に47軒あった桶屋が今はただ一軒。全国的にも数少ない桶屋として手仕事に賭けている。 安定した二十石〜三十石の大桶を作ることのできる唯一のメーカーとして、なくてはならない存在だ。
温故知新。このところ新しい風が吹き始めた。昔日の木桶による仕込みが見直され「桶仕込み保存会」が結成され、新たな活動として注目を集めている。その創立メンバーにウッドワークの桶師・上芝雄史さんの名が並ぶ。廃れてなくなる寸前で光が射し込んできたわけだ。
しかし、状況を甘く見てはいない。伝統の木桶製作だけではやっていけないと判っている。ウッドワークは過去、木桶の衰退をただ指をくわえて見ていたのではなかった。店舗装飾から、バンガロー、農業用の貯水タンクにいたるまでありとあらゆる小さな仕事にも木桶作りで養った技術で対応して生き残りを図ってきた。独創的な数々のアイデアで時代に立ち向かっているところがウッドワークの真骨頂。先日拝見した雨水を貯めて、上水道でも下水道でもない中水道として灌漑や洗浄に利用する新たな木桶システムの開発も、景観と環境保全を見据えた新たな取り組みだ。
新しい芽も育っている。藤井徹也さんが四代目を担わんと励んでいるのだ。造り酒屋にしろ桶屋にしろ伝統のアナログ産業が逆境にあってなお、若者を惹きつけてやまぬ魅力があることも忘れてはならない事実なのです。(一番上の写真:左が上芝雄史さん、右が藤井徹也君です)
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